ラムネで酔っ払った話からサイダーと林檎と消えた伝説のヒーロー

子どもの頃「ものの始まり物語」みたいな本で(正確な題名は忘れました)

サイダーの始まりはペリーの黒船で、生まれて初めてラムネだかサイダーを飲んだ侍が酔っ払ったと言う話を読んだ。西洋文明に触れたに日本人のとんちんかんな行動や感想のこっけいさを笑うスタンスの文だった。実はそれはシャンパンだったのでは?と種明かしがあったのだけど、子どもながらにおかしいだろと思った。

サッカリン・チクロ発がん騒動のあおりで『全糖』三ツ矢サイダー」があったころのことだと思うんだけど、その違和感が頭に引っかかったままになっていた。

今調べてみると、当時の船は当然ながら飲料水を積んでいて、その中に炭酸泉の炭酸水を詰めてレモンフレーバーを付けたものがペリーのお気に入りだったそうな。それをレモネードと呼んでいてそこからラムネ。一方サイダーは炭酸水に林檎フレーバーを付けたもので、本物のサイダー(日本でいうところのシードル、リンゴの発行酒)と区別するためにシャンパン・サイダーと呼んでいたものが日本で販売するときに本物のシャンパンと区別するためにサイダーになったらしい。

そして、調べているうちに思い出してきた。ペリーのラムネはコルク栓で、抜くときに「ポンと音がして」日本側が鉄砲かと ぱにくった話だった。サイダーで酔っ払ったのは、別の話かもしれない。あるいは無理に混ぜて妙なことになったのかもしれない。

 

で、本題はここからで、リンゴ酒のサイダーの話だ。

果実酵母でパンを焼く人にはおなじみだが、林檎には天然酵母が付くため、普通に林檎を絞ってジュースにして置いておけば発酵が始まる。そのままうまく発酵させたものがサイダー。度数は3%から4.5%と低めで、アルコール入りで生水よりも感染症にかかりにくいので、中世から近代初期のヨーロッパでは重宝された。

 

当然ながら植民地であったアメリカでも人気の飲み物だった。寒冷なヨーロッパから来た移民は、入植地として故郷に似た北部のやや寒めの土地を選んだ。今はサンベルトと呼ばれる南部が人気なので、なぜわざわざこんな厳しい気候の場所に入植したのかとアメリカ人も戸惑うのだそうだが、農業のやり方を変える必要がないし、害虫も少ないし、それはそれで理にかなった選択だったわけだ。そしてそしてそういう土地で安全なサイダーを作れるリンゴはとても有用な作物だったのだ。

 

そんな五大湖周辺が人気の開拓地だったころにオハイオからインディアナにかけて林檎を植えて回った「ジョニー・アップルシード」という伝説の人がいる。神の啓示を受けて聖書が身を守ってくれると信じて、銃も持たず、麻袋を外套代わりに着込んで裸足で開拓地を歩き、開拓民のために林檎の種を蒔いて歩いたという、勇ましいデイビー・クロケットなどとは正反対のキリスト教の隠者タイプの英雄で、平和な聖人タイプなので子供向けの話の主人公としても人気があったそうだ。

 

宗教改革の立役者ルターが「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える。」と言っているように、アメリカ人が信仰するプロテスタントキリスト教の信者が作り出したお話なのかなーと思いきや、ジョニーはがっちり実在の人だった。

 

1774年生まれで1845年没。プロテスタントと言えば確かににそうなのだが、北欧の霊視者スウェーデンボルグの新エルサレム教会の信者で、林檎を植えながら布教もしていたらしい。

信仰厚い人だったが、もちろん聖者でもなく、自分が作物を育てている土地は自分が開拓した土地として所有権を主張できるという当時の法律をうまく使って、開拓した土地にリンゴ園を作っては開拓民に販売するという手法でかなりの財産を築いた。アメリカらしい発想の起業家だ。それと品種が安定して増やせる挿し木ではなく、種を蒔く手法をとったために、ジョニーのリンゴからは多くのアメリカ独自の新品種が生まれたのという。

 

ところが現在ではジョニーのリンゴはほとんど残っていないのだそうだ。リンゴがあれば素人でも簡単にお酒が造れてしまうので、(シードルは低アルコールだが、冬場に外気の中で自然に凍らせて氷を取り除く手法をとれば、アップルジャックというアルコール度の高い酒も造れる。)禁酒法の時代に、FBIだか火器アルコール局だかがリンゴ園を閉鎖して木を切るように要請したのだそうだ。

 

アメリカにヨーロッパのような林檎酒の伝統がないのはそのためなのかもしれない。現在「アップルサイダー」と言えば、生のリンゴジュースで、置いておくと自然発酵をはじめるが、売っている段階ではアルコールフリーの 「スィート・アップルサイダー」のことだ。いわゆるシードルは「ハード・アップルサイダー」という。ニューヨーク州などのリンゴの産地では、秋の一時期だけ「スィートアップルサイダー」が入手できるが、全く馴染みがない人も多いはずだ。

 

ジョニーのリンゴの木が消えると、彼自身も伝説の中から消えていった。インディアンと戦うデビ―・クロケットや、バッファロー・ビルが消えたのは当然だとしても、木こりのヒーロー、ポール・バニヤンがゲームのキャラクターとして復活しているのを見ると、エコで平和なのに忘れられているアップルシードは気の毒な人だなあと思わざるを得ない。