読み始めThe Death of Expertise

 

The Death of Expertise: The Campaign against Established Knowledge and Why It Matters

The Death of Expertise: The Campaign against Established Knowledge and Why It Matters

 

 この本もキンドルの中で眠ってしまいそうなので、読む宣言をしておきます。「なんで一般人が政府の軍事戦略について俺に教えようとするの? 俺、海軍大学の軍事政治学教授なんだぜ。なんでそんなに怒るの? ウクライナが太平洋のどこかにあると思ってんのに、ミサイル攻撃すべきだとかどうして言うの?」という、今、専門家である誰もが感じている疑問から、専門家に対して怒りを感じて敵視する一般人が大量に発生してる事態の背景を探る本だということです。

頑張って読むぞ。

女の子のための本

ここしばらくの日本にしては珍しいことに子供向けのフェミニズムの本が複数冊翻訳出版されている。

 

女性の偉人に光を、書籍相次ぐ 差別の歴史に「怒り」:朝日新聞デジタル

「怒り」ではないと思うんだけど。ブログを書こう

2018/05/03 06:56

 私が歴史学の学生だった1980年代、よく見ると論文を発表している女性の歴史学者はほとんどいなくて、驚いた。まもなく始まった「女性史」の研究は助成の歴史学者に活動の場所を与え、歴史学がどのように女性の記録を抹殺してきたかを明らかにしていった。社会的弱者で大きな影響力を持っていなかったから、歴史上に登場しないのではなく、無視されたり、時には男性に手柄を横取りされていたのだ。

 だけど、私や周囲の女子学生が感じていたのは怒りではなかったように思う。怒りを叫ぶウーマンリブは時代遅れだと認識していたのだ。「これから」と、考えた。私たちがパイオニアになる。女性を抹殺しない歴史を書き記し、忘れられている女性たちの記録を掘り起こすぞ。

 これは世界中の歴史学で共有されてきたのは間違いない。そして、フェミニズム本体は女性差別の理由が生物学的なものではなく、教育や仕事の機会の不均等であることを広め、制度改革へとつなげていった。そして浮かび上がってきたのが、「女の子」の問題だった。挑戦する前に諦めてしまう。ヒーローは男性だからとサポート役を引き受けてしまう。バックラッシュがひどくてフェミニズムが消えそうになってしまった日本と違って、着々と歩みを進めてきた他の先進国でも母親たち(そしてたぶん父親たちも)は「女の子文化」に悩んできたのだろう。

 

キュリー夫人ナイチンゲールしか登場しない偉人伝記」に不満をいだいている人は多かった。だが新顔の登場ペースは遅々としたものだった。それを一気に破ったのが

 

世界を変えた100人の女の子の物語

世界を変えた100人の女の子の物語

 

だった。クラウドファンディングで資金を募ってベストセラーになった。

現在、アメリカでは同じような本が次々と出版されている。見えていなかったマーケットが発見されたのだ。

 

Rad Women Worldwide: Artists and Athletes, Pirates and Punks, and Other Revolutionaries Who Shaped History

Rad Women Worldwide: Artists and Athletes, Pirates and Punks, and Other Revolutionaries Who Shaped History

 

 こちらは100人の女の子よりも少し大きい子たち向け。アメリカ版と世界版があって、こちらが世界版。日本からは田部井淳子さんが登場。登山隊が全員女性だったこと、ママさん登山家で世間の非難をよそに家族が彼女を支えたことを書いている。

「100人の女の子」のキーワードは「反逆者」「反抗する」なのだが、こちらはrad wemen。radはラジカルの略で、過激な、急進の、革命的な さらに「すばらしい」「いかした」という意味もある。言われたことに逆らうだけじゃなくて、先頭に飛び出して活躍するイメージだ。この本はできたら翻訳出版したいのだが、題は「世界のいけてる女たち」とか「世界のカゲキな女性」などがいいかなあと夢想している。

 

ヒラリー・クリントンの娘チェルシーのこの本ではキーワードはpersisted(主張し続けた)だ。諦めない とでも訳そうか。 

She Persisted Around the World: 13 Women Who Changed History

She Persisted Around the World: 13 Women Who Changed History

 

  これは女性発明家の本。

Girls Think of Everything: Stories of Ingenious Inventions by Women

Girls Think of Everything: Stories of Ingenious Inventions by Women

 

 

 これも女性科学者列伝。

Forgotten Women: The Scientists

Forgotten Women: The Scientists

 

 これは恐れ知らずの冒険家+革命的な女性(冒険家だけじゃ数がそろわなかったのかな)

Women Who Dared: 52 Stories of Fearless Daredevils, Adventurers, and Rebels

Women Who Dared: 52 Stories of Fearless Daredevils, Adventurers, and Rebels

 

 いやもう載せきれない。日本にもこういうマーケットができるといいなあ。

サウザンブックスからは、

女の子文化を魔法にたとえた「魔法にかけられたエラ」をぜひ。

 

魔法にかけられたエラ

魔法にかけられたエラ

 

 

 

 

読了 『アルコール依存症治療革命』

 

sayakanakai.hatenablog.com

 読み終わりました。

有用な情報が多いので、治療者じゃなくても、当事者でも家族でもない第三者の立場で依存症の人と接する人にはお勧め。

依存症であることが周囲とのトラブルを起こすのは道徳的にアウトなことをしてしまうから。すると、家族、治療者を含めて周囲は断酒させることに集中してしまう。断酒できないと責めてしまう。だけど、依存症になるのは、孤独で人に頼れないからなので、周囲に責められて良くなるはずがない。アンケートを取ってみると、断酒が続いている人でも家族との関係は良くなっていない。「酒さえやめれば」じゃないのだ。酒はやめなくても人と一緒にいること、人に心の内を明かして他人が好きになることを覚えると、酒に逃げなくなると著者はいう。

 もちろん、依存症の人の心の孤独さを埋める課程は素人には手に負えないから、家族や友人の立場では手を出さないほうが良いわけで、治療者に任せていいのだろうけど、突き放したほうが良いという「底付きメソッド」がもう古いことは知っておいたほうが良いだろう。

ネットなどではポピュラー心理学(通俗心理学)の影響などもあってか「直面しろ」という意見を目にすることも多い。

代替療法などでもそうなのだが、一般受けする医学はだいたい古い。

直面化的アプローチも古いのだ。「人格を再構築するために人格を打ちのめすことが必要」という「底をつき完全に降参する」プロセスへと追い込むのは危険だ。この手法を自己啓発セミナーなどが多用していることからも想像がつく。

 

依存症になりやすい人は

1.自己評価が低く自分に自信が持てない

2.人を信じられない

3.本音を言えない

4.見捨てられる不安が強い

5.孤独でさみしい

6.自分を大切にできない

問題を抱えているという。

だから孤独なのに人と一緒にいると苦しくなって、それを紛らわせたいので酒に逃げる。酒がなくても安心できる人間関係がある場所ができると好転していく

自助グループが回復のキーなのはそのため)

だから、信頼できる人になれるはずの友人が叱責したり、絶縁を宣言したりするのは逆効果なのだ。

でも対等の関係にある友人だと、依存症の人の行動に傷ついてしまうだろうから、このあたりはプロに任せて係らないのがいいのだろう。

 

また著者はアルコール依存症という名称をやめて「アルコール使用障害」にする時期なのだという。そして肝臓の数値が悪いぐらいの、まだ大丈夫なレベルから対応を始めようという。

 

懲罰大好きで、弱者を見つけてコントロールしたい弱者依存が多い日本で、これが一般化すれば、社会全体のメンタルヘルスも向上するだろうなと、祈る気持ちでページを閉じた。

ネットで問題を論じるのが好きな人にはとにかくお勧め。

 

読み始め『アルコール依存治療革命』

 

アルコール依存症治療革命

アルコール依存症治療革命

 

 私に「かぞくがのみすぎたら」の話を持ってきたのは、我が家の発達障害のケアをしてくださっている「アサクサの主治医」こと伊波先生で、伊波先生はあまり数が多くない依存症治療の専門家。伊波先生経由で知り合った方は埼玉の精神医療センター系の方が多い。というわけで、お目にかかったことはないけど、成瀬先生のこの本を買って読み始め。

かぞくがのみすぎたら

かぞくがのみすぎたら

  • 作者: リチャード・ラングセン,伊波真理雄,谷口万稚,ニコール・ルーベル,久松紀子
  • 出版社/メーカー: サウザンブックス社
  • 発売日: 2017/01/27
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 一般向けじゃなくて医療者向け。だけど、治療法から歴史からコンパクトにまとまっていて、さらに「底付き」神話のもたらした問題にズバッと切り込んでいて情報満載。

 

聞きかじりで安易に「底付き」って言葉を使ってしまわないように、勉強しよう。

日本は本当にこの方面が手薄で、お酒の飲みすぎが病気だという認識もなければ、飲む人の意志の弱さを叩いて反省させることで満足しちゃう、さらに家族にケアを押し付けて、励まして満足しちゃう人が圧倒的多数。

専門家に繋がっても、頼りはAAやダルクやマックなどの当事者が運営する自助組織。こういうところは頑張っているけど、本当にお金がなくて大変。酒造会社が、支援するとか(それをマッチポンプと非難しないこと)とか、酒税をこっちにまわすぐらいの改革も必要だよね。

「句動詞の底力」読み始めました

読み終わってから書評風に書こうと思うと一向に書けないので、読み始めたら書いてみることにしました。読み始めたら積読じゃないもんね。

 

 

句動詞の底力―「空間発想」でわかる広がる英語の世界 (底力シリーズ)

句動詞の底力―「空間発想」でわかる広がる英語の世界 (底力シリーズ)

 

 読解指導をしてきて、単語を追うように読むレベルで止まってしまっているから読むスピードが遅いのだということがわかってきまして、「チャンクで読みましょう」…「チャンクの捕まえ方がわからない」…「コロケーション?そうか、コロケーションがわからないんだ」…となると、まず押さえるべきは句動詞かなと、考えが進んで、この本にたどり着いたわけです。

最初に英語は空間にこだわる」とあり、これはこの頃自分が言いまくっていることなんで、この本を買って正解だったなと思った次第。

 

英語教師の人は教え方を考えるために読むといいいでしょう。学習者なら中級から抜け出したいレベルの人、これから英語プロになりたい人にお勧め。

 

個人的には、「うん知ってる」ということを言語化してもらって助かったという感じ。ただ読み終わったら感想は変わるかも。

 

 

フェミニストの私が、魔女になることを諦めた理由 - wezzy|ウェジー

このあたりの孫引きが「子宮系」とか「おまたなんちゃら」

2018/04/12 09:11

 「昔はよかった」幻想というのがあるが、単に年寄りの繰り言ではなく、人類が共通して持つ失楽園神話のバリエーションらしい。「楽園」はアブラハムの宗教と呼ばれるユダヤ教キリスト教イスラム教では「エデンの園」のことだが、日本に根付いている末法思想も同じような認識の神話だ。苦しい現実に対して無力さを感じるとき、逃避先を未来に想定するのは難しい。良かった昔からどんどん悪くなっていくのが必然と考えれば、昔はよかった、大昔はさらに良かったと考えるのが楽で自然なことなのだろう。

 その最高に良かった大昔の楽園を失ってしまった原因は女性だとエデンの園神話は説く。愚かなイブを根拠にすべての女は罪深く、男性に劣っていると言われ続けてきた女性たちが「女性解放」を考えたときに、神話からの解放を願って、自分たちのためになる神話を探したのも無理のないことだ。

 だが昔はよかった幻想はフェミニズムを作った女性たちもしっかりと捉えて離さなかった。過去にさかのぼり、女性が男性より優位であった楽園を探せば探すほど、深く神話に捕らわれていき、理想的な神話を作ろうとすれば、どんどん現実離れしたものになってしまう。その神話の説得力を増そうと歴史に根拠を求めればニセ科学、偽歴史が生まれる。

 日本で女性たちを感激させた「元始、女性は太陽であった」もこの神話の一つだ。日本神話のアマテラスが本当に女神なのかという点については様々な議論があり、単純に過去には女性がリーダーだったというのは実は難しい。それなのに、まっとうな歴史学も倭の女王卑弥呼を探し求めてしまう。

(歴史における卑弥呼像は女性から男性への権力移譲という神話を伴うので、割と最近まで男性が圧倒的多数派世界だった歴史学でも人気があるのかなと考えている。)

 

日本に限らず、どれほど歴史を遡って行っても、おそらくフェミニズムが夢見るような社会は存在しないだろう。人類の妊娠期間と出産の困難さ、長い子育て期間という現実から言って、女性の活動範囲はどうしても限られたものになってしまうのだ。

機動力の高い男性と動けない女性がペアを作ることで人類の生存はなんとか成り立ってきた。女性に有利な神話や宗教は男性に消されたから残ってこなかったのではなく、

そもそもないのだろうというのが私の理解だ。

そうやって女性を物理的に縛ってきた妊娠出産を崇めるように価値観を変え、尊いものを内包する女性である自分の自己評価を高めようという試みは、現実に足場のない都合の良い幻想にならざるを得ない。

自分が信じたいものが真実であり、そういう真実を信じるというニューエイジスピリチュアリズムとの相性はぴったりで、子宮を温めたり、膣にパワーストンを入れたり、というトンデモが派生してくる。

男性原理の神話世界に居場所がないから、女性であることに安らげる神話を作ろうというアイディアは良くても、現実的にはエンパワメントを謳うビジネスの場になってしまっているわけで、心の安らぎと強さを得ても、現実へのインパクトはすごく弱い。これはダメだろう。

だから私も魔女系フェミニズムの目指すものは十分理解した上で、魔女集会には参加しない。オカルト的な想像力を刺激してくれる点は大いに楽しんでいるのだが。

 

 

空飛ぶアルマジロ商店は、東京のミシンカフェ 

soramajishop.wixsite.com

昨年10月ごろに「東京都のミシンレンタルスペース」というリストに載せていただいてから、私と娘(切り絵作家習志田真白)のやっているミシン付きレンタル作業スペースは、大繁盛モードに入ってしまっている。2月ごろまでは、カーテンを買ったけど長すぎるので裾上げしたいというお客さんが多かった。ミシンを出してみたら壊れていたという飛び込みの方も。中には、「家でミシン掛けをすると、家族が苦情を言うので、出張には縫物を持ってきてミシンカフェを使うの」というお客様も。

いや、驚きました。

2月は、発表会の衣装(大人も子供も)の方が増えて、3月になったらもう毎日毎日、保育園のシーツのお客様になってしまった。20年以上前の私の子育て時代と全く変わらない。

ご存じない方のために解説すると、保育園ではお昼寝があり、お昼寝をする部屋に合わせて、各園独自の大きさの布団を用意している。入園が決まると、このお昼寝布団の大きさに合わせて、すっぽり被せるシーツを用意するのだ。

 乳児の場合はバスタオルやベッドパッドにゴムをつけて固定できるようにしている方が多かった。

バスタオルやパッドの場合は、一目でわかるように、名前とアップリケをつける。

シーツも間違えないように、それぞれ好きな生地で作ってあげてくださいと言われる。

 

うちの子にはセーラームーンの生地を使ったっけ。

 

で、月曜日には替えのシーツをもって園に送っていって、お布団のシーツを替える。

おうちで干して下さいということで、お布団のお持ち帰りの日は、あまりの大荷物に泣いた。

 

保活で疲れ果てて、職場復帰を前に緊張しまくりのお母さんに、シーツづくりは酷なんじゃないか。これから先のことに思いを巡らし、お母さんたちに心の中でエールを送った。

 

そうして4月になったので、シーツ縫いラッシュも終わりかと思ったら、学校の防災頭巾れを作るのでという駆け込み予約があった。

 

そうだった。小学1年生もずいぶん手作り布製品を要求されるのだった。

防災頭巾袋、体操福袋、上履き袋、給食ナプキン袋・・・・

子どもの洋服はお母さんが手作りするような時代ではなくなって久しい。洋服リフォーム屋さんや、布団屋さんで作ってくれるところもあるとはいえ、何で、市販品でいいですよっていってくれないのか。

 

商売繁盛は結構なんだけど、過去を思い出して、つらい気持ちになった春だった。

 

ちなみに今日はオタクなレイヤーさんのグループ利用で、この路線で繁盛したいのであった。