食事で天才になる本を読んでみる

雑誌レタスクラブの炎上した宣伝記事のネタ本は、

子どもが天才になる食事 2週間で脳が生まれ変わり成績アップ!

 

Kindle版で目次と無料サンプルを読んでみました。

私の翻訳新刊

さらば健康食神話: フードファディズムの罠

は、グルテンフリーがなぜ流行るのか? なども歴史を追いかけて解き明かしていますが、メインはみんながつい騙されちゃう、エセ健康本が使いまくっているテクニックを知って判別できるようになろうというのがテーマです。これができるようになったか練習するためのなんちゃって健康本もおまけについています。

で、この視点からこの食事で天才本を読んでみるとどうなるか?

 

ちょっとやってみようと思います。

 

「はじめに」には、親の願いである子どもの健康と学力は「まとめて解決できる」という話から始まりまります。おっと、これは万病に効くミラクル万能薬エリクシールの提示パターンです。そのエリクシールとは「食事を見直すこと」。そして、成績にも影響するとは意外でしょうけど大いに関係があるのですと読者を揺さぶったあとに、「ハーバード大学のフィリップ・グランジャン博士の論文」が出てきます。こういう論文は大体の場合、少数派なんですが、あたかもこれが科学界の常識であるかのように太字でどーんと見せつけて、引用が続きます。日本語で引用ということは、日本語になってる何かかあるのかな?とりあえず論文名も書いてあるので、ググってみます。博士のお名前と、論文名、それから、引用文。三つググります。お名前で英文ウィキペディアが出てきて、トンデモさんと認識されていることがあっさりわかることもありますが、グランジャン博士はデンマークの研究者でちゃんとした方のようです。でもこの論文名の記述法普通じゃないよね。掲載誌と年月日とかどれ? 

 

さらに調べると、どうやら、2014年のランセット掲載の論文らしいけど、前書きは、翻訳されているものと違うんですけど。似てるけど違う。引用されている論文はそんなこと論じていないということ、実は結構あります。著者が希望的観測、あるいは意図的に読み間違えて誤訳するのもありふれています。

 

読んでみると、この論文は、子どもの脳の問題といっても、5つの毒性がある工業用化学物質が(胎児の)発達途中の脳にダメージを与えて自閉症などを起こしているのではないかと考えて、こうした毒性のある化学物質の国際的な規制を進めるために、発表済みの論文をシステマチック・レビューしましたというものですねえ。なるほど、きちんと訳していないわけです。あたかもこの本の主張に沿っていると読めるように曖昧に訳したわけですか。 どうりで日本語の引用文の方はヒットしないはずです。

 

塾に通う年齢の子供のIQとはなんの関係もないものでしたね。

 

これもとてもよくあることなので、思ったとおりでした。この分だと後から出てくるハーバード大の研究も怪しいですね。もうここで後は読む必要ないと思ってしまいましたが、せっかくなのでもう少し。

この引用論文がちゃんとしたソースになっていないので、このあとの展開が総崩れになってしまうのですが、健康の話はここまでで、話は成績に移っていきます。著者の実績をアピールしておいて、「子どもの行動を変えるのは大変」だけど、食事なら「保護者がすぐに実践できる」。という話になります。これは間違いない事実で、他人の行動を変えることは難しい。ですが、親は自分の子どもだから変えられるに違いないと思い込んで 、口うるさく言い続けちゃうわけです。そうだよなあと思ったところに「食事を健康的なものに変えるのは親ができて楽」と告げられたら、親は俄然やる気になりますよね。

成績に限らず、食べ物で目的達成というメソッドは人気があります。

がんを治す、うつ病を治す、身体の痛みをとる、仕事で成功する・・・

現代社会で容易にコントロールできるものの筆頭が食事だからなんですね。次が衣類かなあ? で、クローゼットの中身を整理して生活の質を上げようというセルフヘルプ本も人気がありますね。

実際は衣食住のうち、住、引っ越しをすると生活の質が劇的に上がるんですが、お金もかかるし、子どもの学校もあるし、これはできないことが多いです。

そこで、一番簡単にできる食事に取り組んじゃう人が多い。子どもの衣服を変えるとかもできないですから。

 

そして、この後に、トンデモ真打ち登場です。「腸の炎症」「血糖値」「頭のよくなる栄養」

 

で、ちょっと意識して食事を変えるだけで、効果は抜群と謳います。「さらば健康食神話でも出てくる話ですが、「ちょっと意識して食事を変える」と生活の質自体も大きく向上することが多いんだそうです。外食をやめて買い物に行くようになると、野菜の量が増えたりするだけじゃなくて、時間をかけて自宅で料理するので家族の会話が増えたりと、生活が実はがらっと変わっている。でも本人は食事を変えたと捉えているわけです。

 

このあとの本文の内容は、ちゃんと読んで批判すべきなんでしょうけど、見出しだけで、「それ知ってる」が多いので、ざっといきます。

 

「栄養失調」「栄養不足」は分子栄養学のお得意の話です。極端なビタミン失調以外はそれこそ、バランスのとれた食材の食事にするだけで解消されるんですが、こういわれると親は動揺して正常な判断力を失うので、セミナーとかでよく使われる手ですね。

 

で、真打ちの「腸の炎症」の項には腸の隙間という文字が。それはトンデモとして超有名なリーキーガット症候群ですね。ニセ医療/代替医療では万病の素扱いされていて、自閉症ワクチン原因説のウエイクフィールドもワクチンが起こす腸炎が腸の細胞を緩ませてその結果自閉症を起こすと主張していました。

リーキーガット症候群は、食事と脳や精神の不調を結びつけるのにものすごく便利な概念なので、あちこちでしょっちゅう使われています。

続いてグルテンが出てきます。グルテンはセリアック病という遺伝性の病気が発症していると、ひどい腸炎を起こします。けれども、セリアック病になりやすい遺伝子を持った人が何をきっかけに発病して、どの程度の重篤さになるのかはまだ完全にはわかっていないのです。腸炎だけではなく、精神的な不安定さも伴う人がいるので、グルテンをやめて精神状態が良くなった人がいるというように利用されています。またセリアック病の遺伝子を持っていなくても同じような腸炎を起こす人もいるとのではないかと考えて研究を進めている医師もいますが、まずは、グルテンはセリアック病の遺伝子を持っていない人は心配しなくていい問題です。

 

ところが、自閉症の子どもたちに対してもグルテンフリーで自閉症がよくなるというデマが流通しています。自閉症がらみでは、乳製品のカゼインも良くない食品だとされています。牛乳アレルギーの原因物質が乳中の三つのカゼインのうちのカゼインαなので、ここからカゼイン腸炎が起こってリーキーガットになるという話になっているようです。

乳製品は、日本人は酪農をしていなかった民族なので飲むべきではない、動物愛護の観点から人間が飲むべきものではない、オーガニック好きな人が生乳を飲んで食中毒を起こしているから飲むべきではないなどなど、とにかく牛乳はだめだという主張のためにだめな理由が総動員されています。酪農家と乳業メーカーがずっと科学的な反論をしているので、ちょっと調べてみると良い情報が出てきます。ただ、人間は聞いたことがあることは、簡単に信じてしまうので、トンデモな話でも新しくメディアを賑わせている概念や言葉を結びつけられると、判断力が低下してしまいます。こうやって、皆さんもご存じのように乳製品はやめるべきですよねと何度も使い回ししてるんです。

 

血糖値は高齢者は糖尿病になりやすいので、薬やサプリを売ろうと毎日耳にする言葉になっているので、これも使い回しです。頭の良くなる栄養は、そういうものがあればいいなという希望を満たしてくれる情報。昭和の昔からあります。私が子どもだった頃はタンパク質が足りないと言われていて、脱脂粉乳に味の素でした。

 

しかし、アメリカの健康食本のパターンを読み解いた「さらば健康食神話」が教えるトンデモ食本のパターンがここまでばっちり使われているとは思わなかったです。

 

さて、子育てを終わった母親の一人として、お母さんたちにはすごく申し訳ないと思うのですが、はっきり言って、子どもの成績に関して親ができることはとても少ないです。もちろん、バランスのとれた食材を使った食事は良いと思います。うちの娘たちは発達障害があって、体調を崩しがちで不登校だった時期もありますが、大人になった今は自分にとって良い食事を作って食べることができています。これだけで育児は成功だったかもと思うわけで、この本をきっかけにちょっと意識して食事を変えてみるのも悪くないかもしれません。

 

でも、腸炎が起こるからではないし、小麦やグルテンや乳製品や砂糖が体に悪いからではありません。楽しくいつもとちょっと違った食事を楽しんでみる。いつものパターンを崩して、もっと楽しい体験をしてみるのがいいことなんだと私は思うのです。